革新者「レスター・ヤング」③

前回のブログ『革新者「レスター・ヤング」②』の後半では、レスターが、独特のフワリと漂うような、リズムセクションに対するノリを身につけるに至った要因として、 オール・アメリカン・リズム・セクションとの共演が挙げられる事を指摘するのみに留まりました。今回はそれを、具体的に深く掘り下げていきます。

 

現代に至る、ほとんど全てのジャズ・テナーサックス奏者に影響を与える事となったレスター・ヤングの演奏スタイルの秘密を探る上で、彼独特のリズム感を解明する事は大変重要なポイントです。まず、オール・アメリカン・リズム・セクションが生み出した4ビートとは、どういうものだったのか、比較対象となる演奏音源を紹介しながら、ご説明します。

それまでに無かった、強靭かつしなやかな4ビート

ジャズの歴史上、様々に変化してきた演奏スタイルを分析する際には、現代の目線からではなく、その当時以前の演奏スタイルとの比較、検証が欠かせません。スウィング時代に出現した、オール・アメリカン・リズム・セクションのリズムの特徴を知るには、それ以前の演奏スタイル、 デキシーランド・ジャズのリズムと比較してみるべきでしょう。

 

前回のブログでも軽く触れましたが、オール・アメリカン・リズム・セクションの特徴は、4ビートの強靭な表現にあります。4ビートは、ジャズという音楽ジャンルを特徴付けるリズムなのですが、実はデキシーランド・ジャズの時代、中心だったのはこの4ビートではなく、2分音符を主体とした2ビートでした。 それでは、2ビートのリズムとは、どのようなものなのか、実際の音源を聞いてみましょう。デキシーランド・ジャズを代表するトランペッター、 ルイ・アームストロングの演奏で『 12番街のラグ 』です。

いかがでしょうか?ベース音が「ボンッ、ボンッ」とのんびり2分音符を刻んでいるリズム、これが2ビートです。 続きまして、オール・アメリカン・リズム・セクションが参加した演奏を聞いていただきましょう。 『 Boogie Woogie 』、テナーサックスはレスターです。

いかがでしょうか?音源が古い為、若干聞き取りにくいですが、それでも、ベースが4分音符をしっかり刻んでいるのが分ります。オール・アメリカン・リズム・セクションは、まずベースが4つ刻み、リズムギターも4つ刻み、ドラムもバスドラムで4つ刻み、ピアノも4ビートを強調したバッキングをします。このように全員で4ビートを表現した結果、強靭なリズムが生まれたのです。

 

スイング時代には徐々に、このように全員で4ビートを刻むスタイルが主流になってきていましたが、その中でも特にオール・アメリカン・リズム・セクションが特徴的だったのはリズムの連続性、しなやかさです。それは主にリズム・ギターのフレディー・グリーンの存在によります。他のギタリストが、ジャッ、ジャッとコードを一気にまとめて弾く奏法だったのに対して、フレディーはベース音の余韻を彩るようにジャラッ、ジャラッというように分散和音のような弾き方をしていました。これによって4ビートの各音同士が連続して繋がるようなムードになったのです。

強靭な4ビートがもたらしたもの

このように、リズムセクション全員が4ビートを刻むスタイルで演奏している、という状況の中で、サックス奏者として演奏するとどんな事を感じるものなのか?私、鈴木学はコレを体験しようと、実際にステージで試してみました。

 

一晩のライブの間、全曲全て4ビートとし、ドラムにバスドラムで4つ刻んでもらい(今日本のジャズ界でこのように演奏するドラマーはほとんどいません)、リズムギターに4つ刻んでもらっている中、サックスを演奏していると、次第に自分の中で、リズム感覚が変化していくのを感じました。 それは一言で言えば『自由』です。

 

リズムセクションが全員で4ビートを表現してくれるので、サックス奏者はソロラインで4ビートを刻むような表現をする必要がなくなります。レスター以前のテナー奏者コールマン・ホーキンスは自分のソロライン自体で、4ビートを刻むようにアドリブラインを構成していきますが、こういった必要がなくなるのです。

 

こうなると、ソロイストはリズムをよりルバートに、自由に表現できます。発音のタイミングが遅れ気味になったり、突込み気味になったり、ソロラインのテンポ感が加速、若しくは減速気味になっても、4人がかりで刻むビートは揺らぎません。ものすごくダイナミックな表現が可能になるのです!

唯一無二のタイム感を獲得

モダンジャズテナーサックスの開祖、レスター・ヤング

レスターの場合更に、前回のブログ『革新者「レスター・ヤング」②』で指摘したとおり、柔らくソフトなサウンドで演奏していた事実からして、もしもリズムセクションの各ビートの発音とタイミングをそろえてしまうと、自分の音がかき消されてしまう、という事情もあったのでは、と推測できます。

 

現代のステージ環境では、サックス奏者が自分の音が聞こえにくい場合、モニタースピーカーを使い、自身の音を聞くことができますが、当時はそれ程PA設備が充実した環境で演奏していたとは考えにくいです。そうなると、自分自身の音をしっかりと聞き取る為にも、リズムセクションが表現するビートとは異なるタイミングで演奏する必要が出てきます。これも結果的に、レスターがリズムセクションの示すビートのタイミングから解放されて、自在なリズム表現が可能とする一因となったのです。 さて、ここまでお話を進めてきたところで、前回のブログから引き継いできた、2つの問い・・

  • 何故、レスターはそのようなスタイルになったのか?
  • 何故、レスターのプレイは「柔」に聞こえるのか?

 に対する答えがかなり見えてきました。つまり、

  • 柔らかい音色のCメロ・サックス奏者、フランキー・トラムバウアーをお手本としたことから得た、ソフトなサウンド
  • オール・アメリカン・リズム・セクションの強烈なリズムの中でキャリアを重ねた事による、自在なノリ

この二つの要因によって、レスターの個性は育まれたという事ですね。それではここで、もう一曲お聴きいただきましょう。この演奏については、市販されているコピー譜を所有しているのですが、譜面上はとんでもなく複雑なリズムに表記されています。しかし、演奏自体を聞くとそんな事は感じさせず、極めて自然に歌っているムードです。それでは最後にお聴きいただきましょう、 『 On the Sunny Side of the Street 』です。