革新者「レスター・ヤング」②

前回のジャズサックス名鑑、『革新者「レスター・ヤング」①』では、レスターが、当時のジャズ・テナーサックスの演奏スタイルを代表するコールマン・ホーキンスの『剛』のスタイルの対極、『柔』のスタイルで演奏していた事をご紹介しました。今回は、・・

  • 何故、レスターはそのようなスタイルになったのか?
  • 何故、レスターのプレイは「柔」に聞こえるのか?

この2点の疑問について、解き明かしていきます。ここで、大きなポイントになるのは、レスターがお手本としていたプレイヤー、フランキー・トラムバウアーの存在です。

憧れの奏者、フランキー・トラムバウアー

レスターは自ら、そのキャリアの形成期にお手本としていたプレイヤーとして フランキー・トラムバウアー Frankie Trumbauer(通称、トラム)の名前を挙げています。 トラムは、ジャズ発祥期の デキシーランドジャズから発展した『シカゴ・スタイル』の奏者として、活動していました。

 

このシカゴ・スタイル自体、それ以前のデキシーランドジャズと比べて、より抑制された音色、事前に用意されたアンサンブル部分が多い、と言う特徴がありますが、トラムの演奏の最大の特徴は、やはりその音色です。とても柔らかい、どこか可愛らしいサウンドを奏でていました。 それでは、実際のトラムのサウンド、演奏をお聴きいただきましょう。 Singin' the Bluesです。

トラムのサウンドの秘密は、使用していた楽器にあります。彼は、現在では(というより、当時でも)使用例の少ない楽器、 Cメロ・サックス C melody saxophoneを用いていました。私、鈴木学もこの楽器を所有していますが、実際に演奏すると、どう吹いてもアルトサックステナーサックスの中間的な、柔らかいサウンドになります。

 

おそらく、トラム自身は、革新的サックス・サウンドを目指したと言うより、当時のジャズで主な木管楽器として用いられていた、クラリネットのようなサウンドを求めて、このCメロ・サックスを使用していたのでしょう。しかし、それが、結果的に、ホーキンスの音色とは全く異なる、柔らくまろやかなテナーサックス・サウンドをレスターに示唆した事となったのです。

レスター独自のソフト・サウンド

レスターが手にしていた楽器は、テナーサックスだったのにも関わらず、レスター自身が憧れていたのは、トラムの演奏する、Cメロ・サックスのサウンド・・。このギャップが、レスターが、ホーキンス流の派手で、堂々たる響きのテナー・サウンドとは180度異なる、独特のソフトなサウンドを得ることができた要因です。それでは、ここでレスターの音を聞いてみましょう『 Way Down Yonder In New Orleans』です。

いかがでしょうか?いかにも、柔らかくしなやかな音色に聞こえませんか?そして、トラムの音色と比べてみると、やはり似ています。

 

因みに、よくジャズの評伝で、レスターは音が小さかった、云々と書かれているのを目にしますが、実際はそうでもなかった筈です。ホーキンス系の音色は、派手な響きの音色である為、バンドの中で目立ちやすかったのに対して、レスターは押しの強くないソフトな音色である為、そのようなイメージになってしまったのだと思われます。もちろん現代の基準からは、音量自体小さかったとは推測できますが、ホーキンスと比べて目立って音量が小さかったとは考えにくいです。

 

サックスは、音色、音程、表現等、たいへん柔軟な表現力のある楽器です。だからこそ、奏者自身が頭の中で思い浮かべる音色のイメージが、実際に楽器から奏でられる音色に大きな影響を与えます。レスターが他とは違う独自のサウンドを手に入れることができたのも、このようなサックス自体の特性による所は大きかったと思われます。

オール・アメリカン・リズム・セクションとの出会い

冒頭の『何故、レスターはそのようなスタイルになったのか?』という問いに答えるためには、その独特な音色の他に、フワリと漂うような、リズムセクションに対するノリについても、ご説明しなければなりません。

 

レスターにとって、キャリア初期の カウント・ベイシー楽団への参加が、その名を全米にとどろかせるきっかけとなりました。更に、自身の音楽的スタイルについても、楽団の同僚であった通称『 オール・アメリカン・リズム・セクション』との共演により、大きく発展しました。

 

オール・アメリカン・リズム・セクションが生み出す、4ビート(ジャズ独特のリズム)の安定した強烈なリズム、特にリズムギターの名手、 フレディー・グリーンの刻む、ごきげんなビート。このようなリズム・セクションと共に演奏していたことにより、レスターのノリ、タイム感覚は、それまでのジャズに無い独特なものになっていきます。 それではココで、レスターがオール・アメリカン・リズム・セクションと共演している音源をご紹介します。それではお聴き下さい『 Oh Lady Be Good 』です。

いかがでしょうか?強烈なリズムの上で、軽やかに、颯爽と歌いまくるレスターの演奏が見事ですね。さて、ココまで書き進めてきた所で、既にかなりの長文となってしまいました。この続きは、回を改めてということにしましょう。次回のキーワードは『オール・アメリカン・リズム・セクション』です!何故、レスターは彼らとの共演により、独特のノリを身につけることができたのか?次回を楽しみにお待ち下さい!