相手の立場を思いやる

ジャズサックス(サクソフォン)

私、鈴木学サックスサクソフォン)、ジャズの指導をするようになってから、かれこれ25年以上のキャリアを積み重ねてきました。もちろんその間、現役のミュージシャンとしてもライブ活動を続けてきたわけですが、それでもかなりの数の生徒様とお付き合いを重ねてきました。

その中で常に感じてきたのは、「自分にとっては当たり前のことを、そうでない相手にどう伝えるか?」、そして「目の前の生徒の音楽歴、求めている目標に対して適切な助言ができているか?」という二点の難しさです。どちらについても自分の問題というよりは、生徒様にどう伝わったかがポイントになりますから、レッスン中、特にマンツーマンの個人レッスン中には、常に目の前の相手の様子を深く観察しつつ、言葉を選んでいきます。

初心者、入門者にとってのサックス

生徒様の初の来校時、つまり無料体験レッスンの際、一通りの説明が終わった後、「何かご質問はありますか?」と尋ねると、かなりの割合で「そもそも何が疑問点なのかが分かりません」というお答えが返ってきます。実際のところ、サックス、ジャズの初心者さんにとって、これこそが偽りのない本音だと思うのです。

サックス(サクソフォン)

初めての経験、体験に臨む際、ある程度は下調べして推測したとしても、完全にシュミレーションができる人なんているはずはありません。やってみなければ分からない、というのが当然です。初めて触る楽器、そして音楽の言葉、それまでの人生の日常には存在しなかった状況なのですから。

そのような状況の際に、目の前の講師が会話の中で、音楽の専門用語を並べ立てたら、誰だって軽いパニックに陥ってしまうでしょう。生徒は知らないことを教えてもらうにレッスンを受講するのです。講師は決してそれを忘れてはいけません。ある程度レッスンの回数を重ねた後でも、より高度な奏法、楽曲に挑む際など、生徒にとって初体験の物事を伝える機会は多々あります。特に音楽のレッスンは、そういうものなのです。

楽器の奏法に関する言葉、音楽の専門用語の中には、語感、言葉の雰囲気から、何となく意味を推測できるものもあります。しかし、それでも音楽、楽器という不慣れなものに挑んでいる状況の生徒にとって、音楽講師が口にする言葉を理解するのは、通常の日常会話の時よりも困難になります。講師はこれを深く理解している必要があります。

レッスン中に選ぶ言葉は、とにかく分かりやすく明快に、例え抽象的な話題の中でも、より平易な言葉を選び、生徒にとって腑に落ちやすく記憶、印象に残るよう、話し方を工夫していきます。それでも生徒にとって、音楽に関する話を、一度聞いただけで完全に理解し記憶するのは困難ですから、レッスンの度に何度も繰り返し、少しづつ言葉選びを変えながら、生徒が自分のものとして習得するまで語り掛け、実行を促す・・、これが音楽のレッスンです。「自分にとっては当たり前のことを、そうでない相手に伝える」とは、こういう事なのですね!

相手と自分の立場の違い

世の中には一定数、「教えたがる人」がいるようです。音楽の世界でも、自分よりもキャリアが乏しかったり、未熟な人を見つけると、とにかくアドバイスをしようとする人は意外に多いものです。しかしながら、そういった方々の中で「目の前の相手の音楽歴、求めている目標に対して適切な助言ができているか?」という問題意識を持った上で助言できる人は、滅多にいないように感じます。残念ながらほとんどが、自分自身の好みであったり、最近気を付けて取り組んでいることを相手にも押し付けようとする人ばかりでしょう。

ジャズサックス(サクソフォン)

もちろん私を含め、プロの音楽講師ならば、きちんと生徒の立場を考慮しつつ指導します。教えるのは生徒の為であって、教える側に自己満足の為ではないのですから、それは当然のことです。とは言えでも、普段からかなり気を付けていないと、プロの講師でもこの点について間違いを犯しやすいのも事実です。

昨年、YAMAHAから発売されたカジュアル管楽器「Venova(ヴェノーヴァ)」についての論評、奏法の助言等、ネット上の記事を見ていると、この問題について改めて気づかされることが多々あります。私を含め多くの発信者は、もともとサックス演奏に取り組んでいる人物が大半です。そのせいでVenovaについての発言が、サックス演奏を基準とした内容に偏りがちになります。しかしながら、ほとんどの人はそれについて自覚が無いようなのです。

サックスからの持ち替えとしてのVenovaと、初めての管楽器体験としてのVenova、両者で意味合いが大きく異なってくるのは当然のことです。しかしながらネット上でVenovaについて情報発信しているのは大半がサックス奏者、しかもサックスから持ち替える際のVenovaの扱い方という意味合いの強い情報が多いのです。しかし管楽器初心者さんにはそんな事情が理解できるはずはありません。

情報のミスマッチ

サックス吹きは、普段のサックス演奏に近づけることを意図してVenovaの扱い方を提案します。しかし、管楽器初心者さんにとって、それは完全に的外れな情報となります。だって初めての管楽器としてVenovaを手に取る人は「Venovaを吹けるようになりたいのであって、サックスをマスターしたいのではない」のです。ですから、Venovaの吹き方をサックスの吹き方に近づける必要は、全くありません

にもかかわらず管楽器初心者さんが、ネットで情報を調べる中、サックス奏法寄りのVenova奏法を知識として得、それをそのまま実行しようとして、本来サックスよりもやや簡単なはずのVenovaを、サックス並の(結果的にサックスよりも難しい)難しい楽器にしてしまっている例が多々あるようなのです。

ありがたいことに、これまでに数件ヴェノーヴァレッスンの依頼をいただきました。その中でこのような話を体験的に得ることができました。そしてこの話が「目の前の相手の音楽歴、求めている目標に対して適切な助言ができているか?」という課題を思い起こし深めるための好例となりました。管楽器初心者のVenova入門者はVenovaを吹けるようになりたい。しかし、情報発信者は無自覚に、自分と同じ立場の人向けに「サックスからの持ち替え楽器としてのVenova入門」を発信している・・、これぞ完全なるミスマッチです。

何年キャリアを積んでも、否、重ねるほどに、人に物事を教えるというのは、大変難しいことだなあと思います。折に触れて今回のブログのように忘備録もかねて認めつつ、自分に言い聞かせ続けたいですね。皆さん、是非ご参考になさってください。

【Venovaについて参考映像】